コラムのお引っ越し

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前のHPに綴っていたコラムです。
記録していたものがひょっこり出てきたので、
こちらにお引越しします。

コラム【014】「学びは絶対に押しつけであってはならない」2016/9/17

私は母から「勉強しなさい」と言われたことがない。
押しつけても伸びないことを母は悟っていたのだ。

小学校は学校に行っていなかったこともあり、勉強ができなかった。
小5で復学してからも、
子供会でみんなで相撲をとったり、鞠つきしたり、トランペットを吹くことに時間を使っていた。
勉強ができないまま中学校に入学。

約分が理解できたのは中学1年。
初めての中間テストは約140人中111番という成績。
誕生日と同じ111じゃないか!
私ってスゴイ!と喜んでいた記憶がある。
とっても無理やりなポジティブ感。

学校には2つ上に姉がいた。
ちょいとヤンチャだった姉の影響なのか、私に対する先生方の扱いにはとてもムラがあった。
当時、それがすごく嫌だった。
別人格なのに、目立っていた姉と同じように扱われる。
なぜ?!どうして??!!
そう思った私。
とにかく「◎◎の妹」という肩書きから脱却したかった。

先生の中にはそれはとてもわかりやすい感じで、
成績のいいクラスメートへの対応がよかった方がいた。
「ほうほう。そういうことね。」
勉強ができるようになったら、きっと対応がマイルドになるはず!
そう確信した私は大人たちを試したくなった。

こんなきっかけで机に向かい始めた中1の冬。
結果、学年末テストで3桁の人数を抜いた。

まぎれもなく、勉強するきっかけを与えてくれたのは姉と先生方だ。
初めは負の感情からスタートしたが、
あのときに「なぜ?」と疑問を感じていなかったら、今の私は存在しない。
今はただただあの境遇に感謝している次第。

人間、何を始めるにしても、
押しつけではいい方向に進まない。
私はそれを身をもって体感した。
大切なことは各人の中で生まれる「なぜ?」「どうして?」だ。
その疑問が前へ進むためのガソリンなのである。

コラム【013】「どうしよう」2016/8/28

小5の女の子。
お友達から「あのコのこと、無視して!」と言われ、どうしたらいいかわからない!!というご相談。

人間関係の陣取り合戦。
思春期の女のこたちにはよくあるものだ。

困ったらそう言ってきたコにこう聴いてみよう。
「どうしてそうしなきゃいけないの???」と。
まずは理由を聞いてみなさいとお話した。

すると「◎◎ちゃんに無視されたから!」という仕返ししたいという気持ちだったと。

また「無視して!」とお友達に言われたら
「私は◎◎ちゃんから何もされてないから、何もできないな~」と答えてみたらどうかなと提案。

その2者間の仕返しの輪の中に入る必要はないし、
嫌な気持ちがした時点でそれがあなたの答えだよとお話しました。

自分が感じていることが答えなのだから、それに従う。
感情がすべての答え。

そう述べると、彼女の表情はお日様のようにパッと晴れた。

日曜日の朝。
「自分に正直に生きよう」と彼女との会話で自分も再再再再再確認。
すっきり爽やかな気持ちで今日1日、過ごせるといいね。
また9月に☆

コラム【012】「かわいそう」

中2の頃から教えている男子高生。
先日、学校の教室で、その教え子のお友達が溜息まじりに「これから塾に行く」と言っていたと。
その表情は明らかに暗く、そのとき、教え子は
「え?!塾行きたくないの?!」と思ったそうな。

そして、このとき彼は気づいたそうだ。
「ふつうの塾って楽しくないんだな。かわいそうに。」と。

「先生、自分は先生に会うの、嫌だなって一度も思ったことなくて。
 ここでよかったです。ほんとによかった。 」
そう言ってにこにこ笑っていた彼。

なんだか教え子から心の鶴田先生通信簿にはなまるを貰えた。
そんな気持ちになった。

仰々しいのは大嫌い。
(正直でごめんなさい・・・)
アットホームで柔らかく。
いつもご機嫌な先生がいる場所。
これが私の追い求めている塾の在り方。

コウルは子供たちが思っている「塾」っぽい塾ではない。
子供たちがふわっと真綿のような気持ちで通える塾。
それがコウル。
これからもそうあり続けられるように、
私もふわっと頑張ろう。

コラム【011】「同じ世代のあのこたち」

同じ世代のあのこたちからメールが届く。
中学時代に不登校だった教え子のお二人。
しかも二人ともとても素敵なメールを送ってきてくれた。
今ではお二方とも大人のレディに☆

うれしい嬉しい!
テレパシー?!

あの頃は「鶴田先生」と呼ばれるのが恥ずかしかった。
子供たちから「先生」と呼ばれるほど成熟した人間じゃない。
だからみんなには「鶴ちゃん」って呼んでもらってたっけ。

あれから10年が経過した。
「先生」と呼ばれることに慣れてしまった自分への戒め。
初心に返って子供たちと向き合うべし。
それから、
思ったことは「今」伝える。
後回しにしちゃダメだよ。
鶴ちゃん!

そんな暗号が2人のメールに乗っかってきてたんだと
鶴田は全身で感じたのであります。
ありがとう。

コラム【010】「環境を整える」

コウルの小さな教室。
この場所で勉強はもちろん、相談やカウンセリング、セルフストレッチをしたりする。
言うなれば学力を身につけながら、みんながリフレッシュして自分をリセットするための場所。

教室は畳のお部屋。
障子や床の間。
桐の箪笥や木工細工に古くからある壁掛け時計。
みんなに日本の文化を味わってもらえたらいいなと思い、あえての和室の教室。
お掃除は掃除機を使わずに、箒とちりとりで丁寧に。
ミニ箒で机の上をはいてから、入念に水拭き。

お掃除が終わったら、
いい香りに包まれた生徒たちの顔を想像しながら
直感で「今日」のアロマオイルを選ぶ。

玄関でのご挨拶で、生徒のコンディションをチェック。
表情や声のトーン、口からこぼれ落ちるちょっとした一言。
ここで今日の時間の使い方を心の中に覚書。

黙々と集中して勉強する生徒もいれば、
話している最中に突然泣き出してしまう生徒、
疲れ果てて眠ってしまう生徒もいる。

刻々と変化する感情。
みんなが背負ってくる想いや疲れを解放する空間がここなのだ。
「先生。また来週!」
子供たちの口からこの言葉が出るように、
居心地がいい、集中できる空間づくりに努めたい。

コラム【009】「不登校と母子関係③」

「学校に行きなさい」
この言葉はお子さんが元気になるまで待ってください。

やらないのではなく、できない。
お子さんの心と体は別居状態なのです。
チグハグな心身で無理をしたら
良くなるまでますます時間がかかります。

元気になるまで。
心と体が仲良くなるまで。
待ってください。

学校に行かせることよりも
もっともっと
優先すべきことが目の前にあります。

お子さんの姿を見つめてください。
お子さんの話を聞いてあげて下さい。

お子さんはお母さんが自分をまるまる受け入れてくれることを待っています。

コラム【008】「成績が伸びる人は、何が違う?」

日常生活のなかの
無意識を意識に。

時間は自分の命。
命に心を吹き込めるかどうか。

後ろ向き過ぎず、
前向き過ぎず。
~過ぎずのちょうどいいバランスを重視。

いいわけしない。
目の前の現実を受け入れることが早い。

今ふっと頭に浮かんだことは以上です。

コラム【007】「奨学金」

大学1年生を終え、学科で成績1番になり、奨学金がもらえることになったと教え子から報告の電話があった。
中学時代、学校に行っていなかった彼女。
高校に入学してから英語力に磨きをかけ、大学入学後にアメリカへ留学。
帰国して再会したときに「1本しっかりとした軸が出来たな」と肌で感じた。

不登校。
例え学校に行けなくても
その子が本気で、
腹をくくって取り組むかどうかで道がきまるんだ。

そのことを教え子からまたまたまたまた再確認させてもらった。
そんな、とても素敵な土曜日。

コラム【006】「新しい春がやってきた」

大学受験、高校受験が終わり、コウルと私にも春がやってきた。
平成28年度の新高校受験生は4名、新大学受験生は2名。
私の仕事は各々にとっての「1番」を叶えるサポートをすること。

1番を叶える主役は生徒。
お母さんでも
お父さんでも
私でもない。
ご家族や私にできることは支えることぐらい。

受験は自分の選択、行動のすべてが数字や結果となる。
自己責任。
この1年でみんながどのぐらい成長できるか。
夢のつぼみが大きく花開く瞬間。
1年後のみんなに会える日が楽しみ。

コラム【005】「自然音と香り」

教室では自然音(波・森・せせらぎ)を流し、アロマオイルはメイツの表情や姿勢を見て3本までチョイス。
選ばれし3本の中からメイツ自身が「今日の香り」を選ぶ。
春を迎える季節はなぜかみんな「穏やかな」という名のブレンドオイルを好む傾向がある。
穏やかな春を身体が求めているのだ。

自律神経のバランスが崩れやすい季節の変わり目。
教室がみんなにとってリラックスできる、
元気になれる空間になるように努めたい。

コラム【004】「Sちゃんと私」

Sちゃんとは、「生きる」ことについてたくさん考え、話し合ってきた。

他者とどう向き合うか。
どのくらいの距離を保てばいいのだろうか。
たくさん泣いて、たくさん考えた。

本来、起こることには「いい」「悪い」、「成功」「失敗」という観念は存在しない。
それまで囲まれてきた環境(社会、他者)の影響で、そういった認識が刷り込まれていく。
これは間違った「前提」である。

物事への意味づけは自分でするものであると私は考える。
思考習慣を「快」に修正していくことも、私の仕事のひとつ。
起こったことにどんな意味があるのか、価値があるのかという視点で物事を受容していくことは、自己成長には欠かせないエッセンスなのだ。

コラム【003】「わたしと生徒の関係性」

自分が突き進んでいる道がこれでいいのか。
こんな風に感じること、私はよくある。
そんな気持ちを教え子に話したことがあった。
教え子たちには「隠し事なし」が私のモットー。
生きていれば壁にぶつかる。
それは自分に正直に、真剣に生きて入ればいるほど多いということ。

大人だって、先生だって、こういうことで悩むんだな、考えてるんだなと教え子たちには知っていてほしい。

そして壁をどのように越えていくのか、
その目でしっかり見ていてほしいなと、こんな風に思う。

コラム【002】「不登校と母子関係②」
 
 不登校。
 お子さん自身がこの体験を通して学ぶべきこと、
 これから先、生きていく上で必要なことを知るために
 起こったことである。
 大切なことは「この経験には意味や価値がある」と捉えること。
 

コラム【001】 「不登校と母子関係①」

 これまで「子供が学校に行けなくなった」というケースを、前職から担当させていただくことが多かった。なぜなら、私も学校に行っていなかった期間があったからである。そういうお子さんや親御さんの助けになれたらと思い、この仕事を本職として始めたのが2006年のこと。今年で10年。これまで介入してきたケース、自分の実体験から分析できることがひとつある。
 不登校においては「母親と子の関係性が鍵になる」ということだ。学校に行けなくなる前に、必ず子供はシグナルを出している。そのことに気づき、声をかける際に、子供が安心して話せる環境が日常的に整っているか。子供の話を「味方」として聞くことができるか。
 学校に行けなくなっている子供は、親に自分が思っていることが素直に言えないというケースが多い。何か言えば、必ず否定されるという現実があるからだ。この親子関係のこじれは不登校を長期化させる要因のひとつであると考える。
 大事なことは子供の感情を否定しないこと。子供の言葉を素直に受け止めること。そして家族はみんな味方であるという安心感を与えることである

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